犬山城にはこの登城口から石畳の階段状の坂道を登る以外に、三光稲荷神社、針綱神社の境内を通ってゆく事も出来ます。
また、この石碑の左手の体育館の一角には観光案内所があります、犬山観光に必要な情報、パンフレットなどを得ることが出来ます。

登城口にある石碑
||| 犬山城 石碑 ||||
||| 犬山城 石碑 ||||

石畳の登閣道
||| 犬山城への坂道 ||||
||| 犬山城への坂道 ||||
犬山城にはこの登城口からの石畳の階段状の坂道を登る以外に、三光稲荷神社、針綱神社の境内を通ってゆく事も出来ます。

犬山城 西側から望む
||| 犬山城 ||||
||| 犬山城 ||||
尾張徳川家の家老成瀬正成が3万五千石の初代の城主となって以降、幕末まで九代が世襲した。明治4年(1871年)に廃藩置県によって廃城となり城のほとんどが取り壊れたが、天守閣は残されました。
1891年の濃尾地震で天守閣が破損した折、旧城主の成瀬家に修理を条件に譲渡されて、国内で唯一の個人所有のめずらしい城でした。
2004年より、この城は財団法人.犬山城白帝文庫に移管されて管理運営されています。

犬山城 正面入口
||| 犬山城正面入口 |||
||| 犬山城正面入口 |||
天守閣は高さ5mの石垣の上に建っていて、全体の高さは地上19mほどで、石垣部分を地下とすると、入り口は地下2階に相当するところにあります。
石垣より上部に1〜4階まであり、1階は納戸の間、2階は武具の間、3階は破風の間で、勾配の急な階段の最後の4階は高欄がある望楼です。
城内は土足禁止で、入口でビニール袋に靴を入れ、各人が手に持つて見学することになります。 (* 入り口にコインロッカーがあります。)

渡り廊下
||| 黒光りする廊下 |||
||| 黒光りする廊下 |||
大規模な城を想像して訪問されると期待はずれとなります。
歩くとギシギシとなる、隙間が空いていている床板、黒光りのする武者走りの板の間、太い柱、急峻な階段などに、歴史を感じさせる古い木材が使用されています。
コンクリート製ではない、この城は、歴史の面影を実感できる本物の小さなお城です。

急峻な階段
||| 急峻な階段 |||
||| 急峻な階段 |||
階段は足腰が弱い方は、チョットためらわれるような、狭くて傾斜がきつい階段で、手すりに掴まって靴が入ったビニール袋を持って上がることになります。
相当のご年配の方と思われるご婦人が、この急な傾斜の階段を家族の手助けを断って、ひとりで登ってゆかれたのには驚きでした。

犬山城 模型
||| 城内展示品 犬山城模 |||
||| 城内展示品 犬山城模 |||
国内各地のお城の写真、城の模型、武具などが展示されていますが、大規模なお城のあるような博物館的な要素は持っていません。

木曽川下流を望む
||| 木曽川下流を望む |||
||| 木曽川下流を望む |||
望楼からの眺めは眼下には木曽川と犬山市街地、そして南に小牧城の遙か遠くに名古屋の高層ビル、西に岐阜城と濃尾平野の展望が楽しめます。
写真は農業用水、上水道取水用の可動堰の犬山頭首工を眼下に見て、木曽川の下流方面を見たものです。