大正時代の初めに公園として整備され、板垣退助像、三重塔などが建設され、1936年(昭和11年):躍進日本大博覧会が岐阜公園及び長良川畔一帯で開催されました、折にこの時「噴水の女神の像」が建立されました。
太平洋戦争中の兵器に使用する戦略物資の不足を補うため、「金属類回収令」にて、家庭のなべ、釜から寺院の釣り鐘まで供出され、この噴水の女神像、板垣退助像も戦後再建されるまで姿を消していました。

噴 水
||| 噴水の女神像 ||||
||| 噴水の女神像 ||||

板垣退助像
||| 板垣退助像 |||
||| 板垣退助像 |||
土佐藩出身の明治時代の政治家で、自由民権運動を指導し、東海道遊説旅行中 岐阜公園内にあった建物(中教院)にて暴漢に襲われ負傷した際に「板垣死すとも自由は死せず」という有名な言葉を叫んだと言われています。
実際に本人が「板垣死すとも自由は死せず」という言葉を本当に叫んだかどうかは諸説あり真偽は不明。

三重塔
||| 三 重 塔 |||
||| 三 重 塔 |||
金華山山麓の樹木の間にある朱塗りの三層の塔で、大正天皇御大典記念として大正6年に建立されたものです。
石造りの二重基壇に建つ装飾を用いていない木造三重塔で、明治24年の濃尾大地震にて倒壊した長良橋の材木が使用されています。
三重塔の全体の写真は非常に撮り難いため、ロープウエーより撮影

オガタマノキ
||| オガタマノキ |||
||| オガタマノキ |||
神前に供える玉串として古くから代用されたり、神木とされて神社の神域などに植栽されているモクレン科の常緑樹です。
推定樹齢200年といわれ、これだけ太いオガタマは他では見られないとのことで、公園内でも目を引く巨木です。

日中友好庭園
||| 日中友好庭園・杭州門 |||
||| 日中友好庭園・杭州門 |||
岐阜公園の北側にあり、岐阜市と杭州市の友好都市提携10周年を記念して作られた庭園です。
入り口には雌雄対の獅子があり、中国風の門・土塀そして園内の東屋などが中国の雰囲気を漂わせている公園です。

中央の池
中国・杭州市の名所・西湖を模した池が中央に造られています

観覧船造船所
||| 鵜飼観覧船造船所 |||
||| 鵜飼観覧船造船所 |||
長良川の鵜飼いに使用される和船・観覧船の造船所で、見学が可能です。
鉄鋼製の大型の船舶と違い伝統的な木造船で、いかにも職人技で製作されている雰囲気が漂う造船所です
鵜飼見物の際に利用する屋根付きの船として、江戸時代後期から一般に広まったと考えられていて、ここの観覧船造船技術は岐阜市の重要無形文化財に指定されています。
(説明版文面より)
訪問した折も一隻制作途中の船体を見ることができました。

観覧船造船所
造船所の位置口に展示されている各種観覧船の模型です。

若い二人
桜の花が満開、岐阜公園付近はたくさんに人が訪れていました。
この若いお父さんとお母さん、すてきなコンビネーションの装いをして、行楽を楽しんで見えました。

ロボット水門
||| ロボット型水門 |||
||| ロボット型水門 |||
正式には忠節用水分水樋門。
岐阜公園堤外駐車場に隣接する忠節用水放水路に設置されていて、周辺の水路は散歩道として整備されている水辺の公園です。
1930年代に建設されたもので、むろん、建設当初からこのような形状ではなく、後年改修時にロボットに変身したとのことで、岐阜県の近代化遺産として登録されている文化財とのこと。
この変身した水門を、近代化遺産・文化財と
いわれても ・・・?!