高さm、の大仏殿にやや前屈みの姿勢で窮屈そうな大仏は、柔和で優しいお顔で心安らぐ表情を見せています。
長さ3.6mある釈迦如来坐像で、胎内仏として薬師如来像(県重文)が安置されています。
日本禅宗(黄檗宗・臨済宗・曹洞宗)の一つ黄檗宗の大本山の、京都宇治黄檗山萬福寺の末寺です。
黄檗宗は、儀式作法や法式・梵唄は中国寺院で執り行われている、仏教儀礼の伝統が受け継がれているとのことです。
本堂(大仏殿)はどこか中国色が漂う外観です。

釈迦如来像
||| 釈迦如来像 ||||
||| 釈迦如来像 ||||

釈迦如来像
||| 釈迦如来像 ||||
||| 釈迦如来像 ||||
1832年(天保3年)、に大釈迦如来像は完成い手以来釈迦如来像の金箔は創建当時のままで、一度も手を加えられていません。
明治年の大地震、そして第二次世界大戦の空襲などで岐阜市内は大きな被害を被りましたが、堅牢な寺院建築、幸運などにて創建当時に姿を今に残しています。

五百羅漢
||| 五百羅漢と絵説き欄間 |||
||| 五百羅漢と絵説き欄間 |||
大仏の左右の壁面には五百羅漢が並んでいます。天和年代の作品で岐阜県では最も古い歴史を物です。
明治24年の濃尾大地震で多くが破損し500体より少なくなっています。

五百羅漢
||| 五百羅漢 |||
||| 五百羅漢 |||
極彩色はさすがに色が薄れて来ていますが、温和な表情が多い五百羅漢です。
羅漢は正式には阿羅漢といい、釈迦の教えはおもに記憶や暗唱を頼りとして受け継がれたため、釈迦の死後、500人の弟子たちが集まり、伝聞にもとづく資料などにて 最初の聖典の編纂がなされたたという。
このときの500人の弟子たちを五百羅漢と呼び尊崇されています。

絵説き欄間
||| 絵説き欄間 |||
||| 絵説き欄間 |||
五百羅漢の上部の欄間にある彫刻は、インド仏教の聖典を欄間に、絵にして表現された珍しいもので、徳川時代の初期の彩色彫刻です。

地獄極楽絵図
||| 地獄極楽絵図 |||
||| 地獄極楽絵図 |||
地獄、極楽を描いた仏画ですが、描かれている内容の大半は地獄の恐ろしい風景です。
閻魔大王、三途の川、針地獄、血の海など日本人にはおなじみの地獄の様子が描かれています。

大仏の断面図
||| 大仏の断面図 |||
||| 大仏の断面図 |||
大仏横に掲げられた構造断面図で、大イチョウを直柱として、骨格は木材で組み、外殻は竹で編んだものと粘土で造られ、その上に一切経で糊張り、漆を塗り金箔で仕上げられています。
また、胎内には薬師如来がまつられています。