富山県境のあった白川村加須良(かずら)集落の合掌家屋を移設した家屋です。
高度成長期の過疎化により昭和42年に岐阜県白川村加須良(かずら)集落が集団離村、
峠を越えるた富山県側に加須良集落と結びつきが強よかった越中桂集落ありましたが、加須良の住民が離村し、集落の存続が難しくなったことで3年後の昭和45年に集団離村。
これらの合掌家屋の多くは全国各地の観光施設、料理店などに移築されています。

旧西岡家 合掌家屋
||| 旧西岡家 合掌家屋 ||||
||| 旧西岡家 合掌家屋 ||||

五阿弥池
||| 五阿弥池と水車小屋 |||
||| 五阿弥池と水車小屋 |||
高山盆地の水田地帯へ灌漑用水供給のための貯水池で、昭和6年(1931年)に作られて、現在でも農業用水として使用されています。います。
五阿弥池周辺のモミジの紅葉には早かったのですが、水面に映るモミジは美しいものがあります。

旧 中 藪 家
||| 旧中藪家 外観 |||
||| 旧中藪家 外観 |||
軒高が低く、勾配がゆるい板葺き屋根の上に石が置かれていて、物置小屋ではないかと思わせる古民家で、飛騨地方でも非常に古い形態の家屋とのことです。
林の向こうの古民家から、煙が家全体を包み込むさまは、ドッキリとさられる光景でした
* 囲炉裏からの煙でした。

旧中藪家 土間
||| 旧中藪家 土間 |||
||| 旧中藪家 土間 |||
飛騨地方の建物の屋根は茅葺と板葺が主体で、この家の土間では、板葺き屋根に使用される榑板を作る作業が行われていました。(不定期で実演)
丸太を割り木の目に沿って、均等の厚さに一枚一枚裂いていく作業は、熟練した技が必要と思われます。
ここで作られた榑板は、近くにある榑小屋で保存され、飛騨民族村で4〜5年毎に行われる屋根の葺き替えに備えています。

旧富田家
||| 旧富田家 |||
||| 旧富田家 |||
この建物には、食器などの展示と地元の方による、刺し子の
実演が行われています。
刺し子 : 布地に糸で幾何学模様等の図柄を刺繍して縫いこむこと
赤く色づいた柿の木と、茅葺き屋根の家屋の壁に飾られた、荷車の車輪の組み合わせはノスタルジックな美しさを感じました。

女性二人と五阿弥池
||| 若い女性二人 |||
||| 若い女性二人 |||
いずれの観光地でも年配の方が多いのですが、飛騨高山の観光施設では若い女性のグループを数多く見かけました。
それだけ魅力がある観光地なんでしょうね! それにしても二人とも、明るくて、きれいな女性でした

機織り
||| 機織り実演 |||
||| 機織り実演 |||
旧新井家では糸車、いろいろな織機などが展示してあり、囲炉裏のある部屋で、機織りの実演を見ることが出来ます。
旧西岡家、旧道上家では養蚕の資料が展示してあり、農家の主要な現金収入源であった、かっての養蚕の様子をかいま見ることができます。

車田の切り株
||| 車 田 |||
||| 車 田 |||
はざかけ(稲掛、稲架)には稲の姿はなく、円形の水田では稲の切り株からは、二番穂が伸びていて秋が深まっている車田風景です。
車田は神に豊作を祈るために始まったとされる習俗(農作業)で、高山市松之木町では水田所有者、保存会により現在でも行われていて岐阜県の文化財に指定されて、飛騨の里の車田は、松之木町に残るものを再現したものです。
低い位置から車田を撮影して見えるのは外国の女性の方で、各所で熱心に何枚もの写真を撮って見えました。

絵付け実演
||| 絵付け実演 |||
||| 絵付け実演 |||
各民家では、日替わりで版画、わら細工や刺し子、招き猫の絵付けなどの実演や体験も行われています。

特別展示展
||| 特別展示展 |||
||| 特別展示展 |||
訪問時には飛騨の里、開村40周年記念の特別展が開かれていました。
畳敷きの部屋にはジオラマにて飛騨の農村風景が作られていて、壁にはこの博物館にある古民家の特徴などが移築前の写真とともにパネルにて紹介されていました。