TkayamaLine Top Pege へ
minロゴ
ベル

||| 岩 瀬 浜 散 策  |||


ベル

    前ページに戻る
合掌造り家屋

 岩瀬浜海岸

|||   岩瀬浜海岸  ||||

岩瀬地域は、江戸時代末期から明治時代にかけ北前船、日本海交易により、日本海側有数の港町として栄えた地区です。

春には諏訪神社の春季例大祭として曳山車祭りが開催され、山車どうしが激しくぶつかり合う、「けんか山車」という異名でも知られてる歴史と伝統のある祭りが行われます。  

夏の行楽シーズンともなると多くの海水浴客でにぎわいます。

合掌造り家屋

 サーファー

|||   岩瀬浜海岸 サーファー ||||

岩瀬浜の海岸は富山エリアの中でも有名なサーフィンポイントとの事、撮影時には非常にたくさん人がサーフィンを楽しんでいました。

海水浴の時期に訪れたときは、きれいな浜辺でしたが、今回は、多くの漂流物の木片、プラスティック容器などが、流れ着いていて浜辺は決してきれいとは言えない状態でした。

美しい松並木と立山連峰に似合わない浜辺でした。

小公園の北前船

大町公園の北前船

|||  大町公園のモニュメント  |||

北前船のモニュメントがある大町公園です。

回船問屋森家のすぐ近くにあり、トイレなどがあり、散策のチョットした休憩には最適です。

古い町並み

北前船回船問屋森家

|||  北前船回船問屋森家  |||

日本海交易において活躍した北前船の廻船問屋の往時を偲ぶ家屋が残されています。

吹き抜けの天井の格子状の梁がと白壁は非常に美しく、千鳥状に敷かれた畳の部屋には、北前船の模型、別室には、富山に疎開していた棟方志功の作品(レプリカ)、袢纏、お膳などが展示されています。

隣接している土蔵も展示室になっていますが、土蔵外壁、そして重厚な厚い扉には立派な彫り物(正式な名前は?)あり、当時の豪商の財力を見る思いです。

合掌家屋

 案内板

|||  散策路案内板 |||

大町公園にある”岩瀬まち歩き散策路”の案内板です、ライトレールの岩瀬浜駅と東岩瀬浜駅を起点とした、1600m (約35分程度)詳細な案内板です。

回線問屋、富山港展望台などの観光施設、トイレ、駐車場などの情報が一目でわかる案内板です。

岩瀬浜駅、東岩瀬浜駅にも同様な案内板があり、多くの施設を見て回りたかった私には重宝しました。

合掌集落内の道路

 富山港展望台

|||  富山港展望台  |||

神通川の河口にある富山港のシンボル的施設です。外観は東岩瀬港の守護神として船方衆の尊敬を集めていた金比羅社(琴平神社)の常夜灯を模して造られていて展望室までの高さは、約20m程度あります。

展望室からは富山港の岸壁などの港湾施設と立山連峰をを眺めることが出来ます。

モデルとなった常夜灯は、展望台より少し南側の荒木町の金比羅社の境内で見ることができます。

合掌家屋内の売店

展望台よりの眺め

||| 展望台よりの眺め |||

展望台の直ぐ下の1〜3号、対岸の6〜9号岸壁では貨物船の荷役作業が見られます。

展望台より東側では富山の町並みと立山連峰が眺められ、西側は対岸の石油基地のタンク類、火力発電所の巨大な煙突などの風景となります。

合掌家屋内の売店

展望台よりの眺め

||| 荷役風景 |||

訪問時には中古車の積み込みが行われていました

車の上に、車を置くといった積み込み方法で、埠頭にある中古車の数からすれば、出航時には車が山積みになるのでしょうね!

旧岩瀬浜駅

 旧岩瀬浜駅

|||  旧岩瀬浜駅  |||

2006年(平成18年)2月28日でJRの富山港線は廃止されましたが、廃止以前の岩瀬浜駅と列車です。


二つ富山駅よりの、東岩瀬浜駅の駅舎、ホームとともに保存措置がとられた上で、休憩室として開放されていて、JR時代の駅舎が残された、ただ一つの駅です。

新岩瀬浜駅

 新岩瀬浜駅

|||  新岩瀬浜駅  |||

2006年(平成18年)4月より、日本初の本格的LRT (Light Rail Transit.次世代型路面電車システム) として”富山ライトレール”が列車運行本数が大幅に増加させ、利便性を向上させて営業を開始しています。

また、現在のライトレールはJR富山駅北口が起点となっていますが、将来は富山駅南側の路面電車路線に乗り入れの計画もされているようです。

ライトレールの各駅には、側壁を利用した、それぞれの駅ごとの歳時記や歴史を描いた壁画があり、この岩瀬浜駅は岩瀬浜の象徴でもある「北前船」です。



ご利用に際して  | サイトマップ